そういち徒然草

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カリブの海賊

日付/2010.01.24

 いままで私は中南米諸国の歴史にほとんど興味がありませんでしたが、ハイチ大地震をきかっけに猛勉強中です。

 ハイチはかつて、いわゆる「カリブの海賊」の一大拠点でした。
 地図の赤い部分、現在のハイチ北部のトルチュー(トルトゥーガ)島は、17世紀、主にイギリス海賊とフランス海賊の根拠地だったのです。

 彼らカリブの海賊たちは、敵対するスペインに対して私掠を行うお墨付きを英・仏両政府からもらっており、この島を拠点に、キューバ島との間のウィンドワード海峡を通過するスペイン船を襲うだけでなく、カリブ海沿岸のスペイン領全域で大いに暴れまわったのです。

 フランス海賊のフランソワ・ロロネーは、ハバナ(キューバ)、マラカイボ(ベネズエラ)、ジブラルタル(スペイン)などを襲って街を占領し、掠奪、皆殺しなど、ありとあらゆる残虐行為を働きました。

 その後英仏両国とスペインとの間に和平条約が結ばれたため、海賊は下火になり、フランス海賊の一部はハイチ本土に移住して、アフリカから運んだ黒人奴隷を使って植民地経営を始めたわけです。

 しかし彼らフランス人支配層は、1804年のハイチ革命時、3万人のうち約3000人が惨殺され、ハイチから一掃されました。

 まぁそれも、スペイン人がイスパニョーラ島にいた100万人の先住民をわずか20数年で絶滅させたのに比べれば大したことはありませんが。

 そのように歴史は続いているわけですね。

 こうやってダイナミックに殺しまくる世界史に比べると、日本史は穏やかで心が温まります。